1からずいぶん経ってしまいました。ごめんなさい。
覚書の続きとして。
施設から、自宅に戻ってきたダンナのばあちゃんの様子を順に…
午前中、レンタルの電動式ベッドとエアマットの搬入がありました。
エアマットは時間ごとに圧のかかる場所が変わるもので、じょくそう(床擦れ)をできにくくします。
午後、予約しておいたあんきやの車で、ばあちゃんは久しぶりに家に帰ってきました。
起き上がることが出来ないので、施設から自宅まであんきやのフルフラットになる車いすを借りました。
ばあちゃんが来てからすぐ、担当のケアマネさんと訪問看護師さん、ヘルパーさんが来てくださって早速家族と会議です。
相談の結果、とりあえずヘルパーさんが1日3回朝昼晩、訪問看護の方が1日1回夕方に来てくださることになりました。
あと1週間から10日くらいです…と言われていたばあちゃんの状態は思っていた以上に悪く、水分も飲み込めない(とろみをつけても難しい)、ちょっとした移動や体位交換のたびに気分が悪くなるという感じでした。
そこで…ばあちゃんの帰宅にあわせて無理やり?退院してきた義母の調子も良くなかったし、私も当時風邪をひいていて、2歳の息子はやんちゃ盛り…そんなこともあって、おむつ交換も、着替えも水分補給・口腔ケアなどすべてプロの方にお任せすることにしたのです。
ばあちゃんの意識はわりとはっきりしていて、家に帰ってきたことも、孫嫁である私の顔も、ひ孫である息子の顔も、よくわかっていました。
知らせを受けて駆けつけた親戚の方には「とおくからすまんなぁ」と言っていました。
家に帰ってきてもらえて本当に良かったと思いました。
帰ってきてすぐは具合が悪そうだったばあちゃんでしたが、ケアマネさんや訪問看護師さんの適切な判断と処置で2日目、3日目とばあちゃんはだんんだん元気になっているように見えました。
家に帰ってきたということも大きかったとおもいますが、(施設では一人一人に常時細やかなケアをすることは難しいので)自宅でヘルパーさんと訪問看護師さんに細やかなケアをしていただけたこともよかったのだと思います。
ヘルパーさんや訪問看護師さんが毎日身体をきれいにしてくださったり、丁寧に痰を吸引してくださったり、週に2回(回数は家族で決めました)は、寝たままで足浴・手浴・洗髪など丁寧にケアしてくださいます。
とにかく、水分もほとんど採れないにもかかわらず、ばあちゃんの肌はつやつやとして血色もよく、呼吸もとても落ち着いているように思えました。
毎朝起きると一番にばあちゃんのところに行き、「おはよう!」と言います。
息子が「おおばあちゃん」と言うと「おぉ」と言って答えるばあちゃん。
布団から手を伸ばして握手もできました。
外出から帰宅したときや、寝る前、気づいたときには顔を見に行きます。
ばあちゃんの友だちや親戚の方々にも連絡しました。
毎日何人もの人がばあちゃんの様子を見に来ます。
中には「かわいそうに」とか「何か食べさせてやりたい」と言われる方もみえましたが…
そういえば…話が前後しますが…
本人の希望もあり延命治療はしないことを家族で決めていました。
そして、食べたり飲んだりできなくなった(身体が受け付けなくなった)ので、家での看取りを決めたのです。
家で、というのは多分ばあちゃん本人の一番の希望だったとおもいます。
思うのですが、こうやって自宅でとてもゆっくりと亡くなっていくケースは極めて稀なのではないでしょうか?
ばあちゃんが穏やかになって日にちが経つごとに、家族の中に「もしかしたら点滴すればもうちょっと元気になるんじゃないか?」とか「また食べれるようになるんじゃないか?」という期待の気持ちも出てきました。
私は孫嫁という立場もあり、福祉の仕事をしていた経験もあるので、比較的冷静にいられるのですが…。
何かまだできることがあるんじゃないかと思うのは当然の気持ちでもあります。
でも、今の穏やかさは一時的なもので専門?用語で「なかよし時間」と呼ぶそうです。
最期のときをまえに、天(神様?仏様?)から授かるごほうびのようなものでしょうか。
意識はしっかりしていますから(例えばしっかりしてないように思えても耳は聞こえているらしいですね)、思い出話をしたり家族の様子を話したり、とにかく「よかったなぁ」と思えるようなすごし方をするといいようです。
これはそういう時間さえあれば自宅とは限らず、どこでもできそうですね。
またまた長くなってしまいました。しかも文章が変ですいません!
中途半端ですが、3に続きます。
看取りの形はいろいろでしょうが、参考になります。
いろいろ大変なこともあると思いますが、3も待ってますね